【元同僚の命日】あれからもう一年が経過した

ごり雑記

僕の人生において、大きく影響を及ぼした元同僚の死。あれからもう一年が経った。

ちょうど一年ということもあり、この元同僚について思い返してみようと思う。

出会い

僕が元同僚(これ以降は「Gさん」と言う)と出会ったのは、今から約6年前の春のことだ。

僕がいた部署に異動して来られた。

僕よりGさんの方が年上なのに、僕の方が先輩みたになるのが嫌で、どう接したらいいのか迷っていた。

すると、元気いっぱいに異動して来られたGさんは僕に

タツゴリさん

今日からよろしくお願いします

と元気いっぱいに挨拶をしてくれた。

僕は完全なるコミュ障発動中であったが、Gさんの方から挨拶をしてくれ、とても助かった。

僕ももちろん敬語で挨拶を返した。

僕の先輩が過去にこんなことを教えてくれたのを思い出した。

年下の先輩と年上の後輩がおったら正直どっちもやりにくいと思う

年下の先輩の場合、自分が後輩やから、いくら年下で偉そうにされても、我慢しなくてはいけない

でも、年上の後輩が来た時に、同じことをしていてはいけない

自分が偉そうにされた時に、ムカついた経験があるんやから、きっと年上の後輩も偉そうにされたら同じ思いになる

だから、自分が今までやられてきたからといって、そのまま後輩やからという理由で偉そうにしたらあかんねん

よう覚えときや

僕は、このことを思い出し、Gさんには、人生の先輩として接していくこととなった。

人柄

Gさんは、誠実でまじめが似合う人。

それでいてちょっとヤンチャな面も併せ持っている。

仕事が大好き。

自分の中での正義を絶対に曲げない。

何事も前向きに取り組む姿勢がとても積極的。

当時僕はGさんとよく煙草を一緒に吸うことが多かった。

タツゴリ
タツゴリ

さぼっているわけではありません。休憩中です

ここではやはり人生の先輩。

色々な過去の話をしてくれた。

グループで一緒に飲みに行っても、気が合う仲間だったからこそ、楽しい時間の記憶しかない。

Gさんは若干僕に似ている面があった。

自己肯定感が低いところだ。

しかし僕とは少し違った。

自己肯定感は低いが、それはあくまで表向き。

実際は、強烈なハングリー精神の持ち主だった。

口癖かのように言っていた言葉があった。

絶対に昇格をして

偉そうにしてきているやつを見返してやる

この言葉どおり、のちに昇格するのだが、またそれはのちほどの話だ。

思い出

やはり一番の思い出は、仕事ではなく、ちょっとした慰安旅行に行ったのと、仲の良かった上司のお家に泊りがけで行ったことだ。

ちょっとした慰安旅行

実際の某県の写真

これは、みんなで某県の山奥に行った旅行。

ここには心を許せる仲間6人で行った。

山の開けたところだった。

夕方頃からバーベキューを楽しみながら、持ち寄ったお酒をみんなで飲み、夜はコテージのような所で一晩を過ごした。

気分は中学生の修学旅行だった。

さすがに枕投げはしていないが、就寝前のこと。

暗くした部屋の中で、仲間の一人が唐突に、当時付き合っていた彼女とラブホテルに行った時の失敗談を話し始めた。

とてつもなくお下劣な話で、ここで披露できない内容なのが非常に残念なのだが、その話を聞いてみんな腹がよじれるくらい爆笑していた。

贅沢なお泊り会

ここでは、元々九州出身の上司宅にお泊りに行ったのだが、その上司が地元から名産の馬刺しをお取り寄せしてくれていた。

なんともお贅沢なお泊り会なんでしょう

と思った記憶がある。

ここでもみんなで持ち寄った酒をみんなで飲めなくなるまで飲んだ。

ふざけすぎて近所から苦情が来るんじゃないかと心配になるくらい騒いだ。

異動

今から約4年前、ここでみんなバラバラになった。

それぞれが昇格して異動をしてバラバラの部署となった。

みながみなバラバラの業務だったりするので、なかなか予定が合わず、飲み会すらもまともに開催されなかった。

しかし、たまに連絡を取り合うことでなんとかみんなが元気であることの確認ができていた。

特にGさんは、僕の事をよく気にかけてくれて電話を3カ月に一回くらいのペースでかけてくれた。

近況報告だ。

お互いの現状。

何に悩んでいるのか。

どんな仕事でどんな成果をあげたのか。

電話を切る時はいつも

早く飲み会がしたいですね~

だった。

突然の別れ

元上司からの電話で、Gさんが亡くなったことの連絡を受けた。

突然のことで全く信じれなかったが、時間が経つにつれ、当時仲良かった仲間と連絡を取り合う中で、真実味を帯びていった。

僕は、この時の心境を忘れないためにTwitterに記録した…

現在

あれからもう丸々一年が経過した。

僕は、今こうしてブログの記事を書いている。

Gさんからのメッセージを受け取り、Gさんに今後の僕の人生を見届けてもらうためだ。

Gさんの命日の直前、僕は元上司と連絡を取り合った。

元上司はGさん宅とご近所さんで交流もあったので、元上司に聞けば何かわかると思って連絡した。

すると、Gさんの奥さんと子供2人は、今年の春を境にどうやら引っ越したらしい。

と、情報はここで途絶えてしまった。

これも、直接連絡を取り合えていた訳ではない。

元上司が、御遺族の空間にそんなにもヅケヅケ入っていってもいいものかと、配慮をした結果であった。

Gさんの実家に行こうにも住所や連絡先が分からない。

職場に問い合わせても、個人情報の観点から調べることが出来ないとのことらしい。

元上司も出せる手は尽くした結果だった。

僕は命日に仏壇やお墓、実家などに足を運べなかったのは、とても残念だった。

Gさんの命日当日、夢でGさんが出てきた。

噓のような話だが本当だ。

確か、昔のように普通に話をしている夢だった。

最初の方は、あまりに普通だったので、Gさんが生きていると夢の中で思っていた。

しかし、僕は夢の途中でGさんが、亡くなっていることに気が付いた。

僕はGさんに、がむしゃらに質問をぶつけてしまった。

なんで死んだの?

本当の理由はなんだったの?

Gさんは微笑んだまま何も答えてくれなかった。

そこで、僕は目が覚めた。

とても不思議な体験だった。

僕は、こうしてGさんと夢で再会できたことを心の底から感謝している。

Gさん、会いに来てくれてありがとうございます。

大切な人を亡くして何もすることができない人へ

本当に故人のことを想うのならば、形や形式にこだわる必要はない。

あなたの心の中にその人がいればそれだけでいい。

その人のことを

節目節目でもいいので思い出し

自分の人生の一部として

一生忘れない

ということが僕は一番大切だと思った。

Gさん、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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